佐藤駿(フィギュアスケート)のコーチや出身小学校は?家族も凄い!?

スケート父娘

こんにちは!Sakuraです。

今日も引き続き、フィギュアスケートの佐藤駿さん
ついて、気になることを調べていきたいと思います。

佐藤駿さんは仙台出身ですが、2011年の震災では
ご自宅も被災し、スケートを続けるために関東に
転校
までした経験があるんです。

そしてそんな経験を乗り越えて一回り大きくなって
仙台に戻った佐藤駿さんを陰ながら支え続けてきた
ご家族も凄いですよね。

また、出身小学校や2018年現在の中学校は
どこで、佐藤駿さんはどんな小学生だったので
しょうか。

気になる今のコーチと合わせてご紹介したいと
思います。

佐藤駿プロフィール

 

佐藤 駿(さとう しゅん)

生年月日: 2004年2月6日

年齢: 14歳 (2018年10月現在)

出身: 宮城県

身長: 157cm

所属: 埼玉栄中学校

趣味: 読書、音楽鑑賞

 

佐藤駿さんは5歳の誕生日に父親とスケートに
行ったことがきっかけで、仙台市にある、
荒川静香さんや羽生結弦選手も練習の拠点と
していた「アイスリンク仙台」でスケートを
始めました。

しかし佐藤駿さんが小学校1年生だった
2011年3月、東日本大震災で被災。

「アイスリンク仙台」も営業休止になったことで
関東に転校。5か月後に仙台に戻り、仙台で
練習を再開しました。

その後は、数々の大会で優勝したり、
史上4人目となるノービス4連覇達成など、
輝かしい成績を残し、羽生結弦選手の
再来
とも言われています。

過去の成績についてはこちらの記事を
参考にしてください。

佐藤駿(フィギュア)のwikiプロフ!スケートの経歴や動画を調査!

2018.10.30

2016年、仙台市立高森中学校に進学
しますが、2018年春には父親の転勤で埼玉へ
引っ越し、埼玉県の中学校に転校。

2018年現在は、埼玉県に拠点を置いて、
2022年の冬季オリンピック(北京五輪)での
優勝を目標に、様々な大きな大会にも
挑戦し続けています。

詳しいプロフィールなどについてはこちらを
ご覧ください。

佐藤駿(フィギュア)のwikiプロフ!スケートの経歴や動画を調査!

2018.10.30

家族は?被災経験を乗り越えて

羽生結弦選手と佐藤駿さんのホームグラウンドで
あった「アイスリンク仙台」が、2011年の東日本大震災
で被災し、営業ができなくなってしまうというニュース、
まだ記憶に残っている方も多いと思いますが、
佐藤駿さんが被災したのは小学校1年生の時
だったそうです。

仙台の自宅は半壊してしまい、車の中で家族と
一週間ほどの生活
を強いられていたのだそうです。

小学校1年生ではすべてを理解するにはまだ
難しい年齢ですが、生涯にわたる記憶に残るには
十分な年齢ですから、さぞかしご両親も大変な
思いをされたのだと想像します。

そんな中、佐藤駿さんは家から持って出たものは
「スケート靴」だったそうです。

本当にスケートがとても大切だったんですね。

小学校1年生でそんなことを判断して行動できる
なんて凄いなぁと思います。
(うちにも同じような年ごろの男子がいますが、
自分の習い事の道具のことなんて、家に帰るまで
思い出さないに違いない!)

しかし靴はあっても、練習場は営業休止

そこで、佐藤駿さんは、スケートの練習場所を
求めて、関東に引っ越しをする、という決断を
したのだそうです。

小学校も転校し、東京の祖父母のうちから
バスと電車で1時間の距離にある川越市の
スケートリンク「川越スケートセンター」

通ったのだそうです。

驚くのは、転校してまでして川越でスケートを
したい、と決めたのは、他でもない、
佐藤駿さんご自身だったのだそうです。

仙台にいても練習もできず辛いことも多かった
とはいえ、小学校1年生でよく決断できたな、
と感心します。

そして片道1時間もかかる「川越スケートセンター」
まで「毎朝」「一日も休むことなく
練習に通ったのだそうです。

この川越での経験が佐藤駿さんの大きな
心の成長
にもつながったのだそう。

いまだに多くの仲間が川越にいるのだそうです。

そして5か月後、「アイスリンク仙台」が
ようやく復活し、佐藤駿さんは再度、
仙台に戻ってきています。

そして仙台時代も毎日学校帰りの佐藤駿さんを
お母さんがアイスリンク仙台へ送迎していたの
だそうです。

私も子供たちの習い事の送迎は良くしますが、
一週間に1,2度でも大変だと思うのに、
毎日送迎だなんて、本当に大変だと思います。

他のご家族の協力もなしには実現
できない
ですよね。

また、小学校5年生くらいのときには、
フィギュアの腕を磨くためにバレエ
習い始めたのだそうです

ご両親も、佐藤駿さんのスケートを応援する
ためとはいえ、震災も経験した中、子供の将来を考え、
全力で今日まで支え続けてきているのですから、
凄いなぁと思います。

やはり一流になる選手は、ご本人の情熱は
もちろんですが、ご家族の協力と覚悟も
一流
なんですね。

出身小学校と今の中学校は?

小学校

引用:フォトスク

本当にスケートが大好きで小学生であっても
練習に打ち込む姿は真剣そのもの、という
佐藤駿さんですが、小学校ではどんな
子供だったのでしょうか。

まず、出身小学校は

「仙台市立高森小学校」

というところでした。

仙台の小学校では、クラスでも明るい子
評判の生徒だったようですね。

学校では楽しく勉強をしたり、友達と遊んだり
していたそうで、真剣なスケートのときとは
また違って、とてもリラックスして小学校生活を
楽しんでいる、ごく普通の少年、という感じ
だったようでした。

その後2016年に「仙台市立高森中学校」に
進学し、2018年春にお父さんの転勤で
埼玉県に転校。

2018年10月現在は、さいたま市にある
「埼玉栄中学校」に通っています。

調べてみると、こちらの学校は私立の中高一貫校
サッカーや卓球、女子陸上など多くの部活が全国大会に
出場するほど、スポーツも盛んな学校だそうです。

そういう環境だと、学校でもお友達と大会の話
とかもできそうですし、スケート活動もしやすそう
ですね!

しかも中高一貫校ですから、高校進学のための
受験勉強はほとんどない
と思いますので、
そこもスケートに集中できる環境となって
いるのではないかなと思います。

ひとまず高校進学は安心、ということで
いいと思います。

2018年現在のコーチは誰?

本人の努力や才能が強い選手になるために
必須なのはいうまでもないですが、
やはりコーチやスケートの環境によって
その選手の運命が決まる、といっても過言では
ないと思います。

仙台にいるときは、「アイスリンク仙台」で指導を
しているコーチの一人であり、ジュニア選手権でも
好成績を残した選手であった、浪岡秀(なみおかすぐる)
コーチに従事していました。

2018年春からは、埼玉県上尾市にある
「埼玉アイスアリーナ」で練習していますので、
新たなコーチについているはずです。

調べてみると、埼玉アイスアリーナに所属している

日下 匡力さん浅野敬子さん

がコーチをしているようでした。

どちらのコーチも、震災後に佐藤駿さんが
「川越スケートセンター」で練習していたときに
佐藤駿さんの指導をしていたコーチのようです。

コーチの異動?と思い更に調べみると、
川越スケートセンターは、2016年に閉鎖して
しまっていました。そして閉鎖後は、近隣の
埼玉アイスアリーナに経営統合されたのだそうです。

それできっとコーチたちも川越スケートセンターから
埼玉アイスアリーナに異動になったのかなと思います。

いずれにしても佐藤駿さんが川越時代に大きく成長を
遂げることとなった立役者のコーチのもとで
再び指導を受け始めたのですから、これから伸びる
イメージしかない
ですよね。

本当に将来が楽しみな選手です!!

まとめ

佐藤駿さんは、ご家族の協力やコーチの的確な指導を
受けながら今もなお、目覚ましい成長を遂げている、
今後さらなる活躍が見込まれる選手であることが
分かりました。

さらに、仙台時代に羽生結弦選手と同じ
スケートリンクで練習していた佐藤駿さんは、
羽生選手の「練習で何度ころんでも
立ち上がる」姿を見て憧れを抱いていた
そうですので、あえて難易度の高い
ジャンプにも果敢に挑戦する選手
となっています。

リスクを承知の上で結果を恐れずに挑戦し続けて
いる
佐藤駿さん。

前人未踏の記録を残す日もそう遠くないの
かもしれませんね!

これからの活躍を期待しましょう!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

佐藤駿(フィギュア)のwikiプロフ!スケートの経歴や動画を調査!

2018.10.30

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