中園ミホの出身高校や勤めた広告代理店はどこ?占いや息子画像が気になる!

水晶

こんにちは!Sakuraです。

今日は超売れっ子脚本家中園ミホさん
ついて、気になることを調べていきます。

なんでも中園ミホさん、息子さんが
いる
のですが、未婚のシングルマザーとして
女手一つで息子さんを育ててきたのだそう。

一方で、「この作品を知らない人はいない!」
というほどの大ヒット作を、次々と生み出して
きているんです。

その裏には、占いとの深い繋がりが
あるようなんです。

また、中園ミホさんの出身高校・大学や、
勤めていた広告代理店も気になったので
調べてみました。

今では社会人になる年齢の息子さん、
なかなかのイケメンですよ~!

中園ミホ プロフィール

 

中園 ミホ(なかぞの みほ)

生年月日: 1959年7月16日

年齢: 58歳 (2018年7月現在)

出身: 東京都

 

中園ミホさんは、数々の大ヒットドラマを
世に輩出し続けてきた超売れっ子脚本家です。

今までに手掛けてきたドラマを挙げると、

「白鳥麗子でございます!(1993)」

「やまとなでしこ(2000)」

「南くんの恋人(2004)」

「anego【アネゴ】(2005)」

「ハケンの品格(2007)」

「ドクターX~外科医・大門未知子~(2012,2013,2014,2016)」

「花子とアン(2014)」

「西郷どん(2018)」

 

と、有名作品のオンパレードです。

プライベートでは、10歳のときにお父さんが
病気で亡くなり、その後19歳のときには
お母さんまでも病気で亡くしてしまいます。

ご両親がいなくなってしまい、2つ上のお姉さんと
孤児となってしまったそうです。

そして人生の転機は、中園ミホさんが34歳のとき。

男の子を身ごもり出産します。

しかし結婚していない相手との子供を産み
認知もされなかったために、経済的にも完全に一人で
育てなくてはならない
ことになってしまいます。

しかし、息子さんが生まれたことがきっかけで
脚本家として生きていくことを決心した中園ミホさん。
仕事がきつくても子供を養うためには、すべての
依頼を受けて頑張っていたそうです。

そういった逆境をバネに力に変えてきた中園ミホさん
だからこそ、多くの女性に共感される脚本が
書ける
のでしょうね!

出身高校と大学は?

大学

引用:Pixabay

出身高校についてはwikiに掲載されていませんが、
どうやら、日本大学第二高等学校
出身のようですね。

大学は日本大学芸術学部であることが
分かっているので、中学か高校から日大で、
内部進学で大学も日大にいったようですね。

ただ、私の知り合いにも日大関係者がいますが、
内部進学とはいえ、日大には日大一高、二高、
三高、日大習志野、日鶴、日櫻などなど、
全国で23もの付属高校を持つため、
日大の中で内部進学の競争は激しいようですね。

そこで人気学部である日芸に行けたと
いうことは、中園ミホさんは高校時代も
優秀であったと思われます。

(ご自身の著書では、「学生時代に勉強に
挫折」とありますが、謙遜な気がするのは
私だけでしょうか)

中園ミホの息子の画像

中園ミホさんが未婚の母となって育ててきた
息子さんは、周作さんというお名前だそうです。

2018年現在、24歳。

2016年に、テレビ番組「アナザースカイ」に
中園ミホさんが出演した際、息子さんも共演しています。

まずは、その時の画像をご紹介します。

画像

なかなかイケメンですね。

しかも大学は慶應だという噂です。

他にも画像見つけました。

画像

画像

右目の横のホクロが一致しますので、
中園ミホさんの息子さんで間違いないと思います。

クールな感じが俳優さんっぽいですし、
いつか表舞台に出る方なのかもしれませんが、
今のところは一般の方のようですね。

そして、出身校が慶應義塾大学とありますので、
慶應出身で間違いなさそうです。

勤めた広告代理店はどこ?

中園ミホさんは大学を卒業したあと、
広告代理店に入社し、1年3ヵ月ほど
働いていたのだそうです。

どこの広告代理店なんだろう、
と疑問に思ったので調べてみたのですが、
会社名までは情報がありませんでした。

広告代理店に勤めていたときのことを
詳しく調べてみると、どうやら就職活動
がうまくいか
コネで広告代理店の
事務員として入社したのだとか。

しかしFAXも使えない事務員だったために
事務仕事が向いてないと、
広告代理店を辞めたようです。

あまり良い辞め方ではなさそうなので、
会社名まではお話されないのかもしれません。

(ちなみに、ご本人の著書で「コネ」や「就職活動失敗」
と半ば自虐的に過去を話されていますが、現実的には
大学2年生のときくらいにお母さんまでお亡くなりになった
わけですから、一般的に言うところのコネや就職
活動失敗、というのとは、ちょっと違う気がします。
本のための大げさな謙遜な気がします。
・・・・・という、私の心の声でした。)

占い?占い師?

そしての、「占い」についてですが、
広告代理店を辞めた後、24歳で占い師に
なった
中園ミホさん。

占い師とはまた急展開な気もしますが、
中学生のときにお母さんに四柱推命を教わり、
日本占術協会に登録していたこともあって、
女性占い師の元へ弟子入りしたのだそうです。

そして数々の著名人を占ったことで、
人間の内面を見る力が養われ、それが脚本を
書く上でとても役に立った
と、
後に中園ミホさんは話しています。

なるほど。確かに、占いでは相手の内側や
裏側をも見るところがありますよね。

この占い師としての経験は、今の中園ミホさんの
キャリアを形成する上で重要だったようですね。

まとめ

中園ミホさんのことを調べてみると、
脚本家として成功しているポイントが
いくつか見えてきましたね。

もちろん脚本家としてのセンスがもともと
ある方ですが、やっぱり母は強し!というのが
中園ミホさんのパワーの源なのではないでしょうか。

これから作り出される中園ミホさん脚本の
作品も、チェックしていきたいと思います!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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