藤山扇治郎の経歴や出身大学を調査!両親(父母)や家族(伯母祖父)も凄い!

舞台

こんにちは!Sakuraです。

ご結婚のニュースで初めてお目にかかった、藤山扇治郎さんのお名前。

ざっと調べてみると、真っ先に家系図が検索されているような方のよう。

どんな方なのか気になったので、藤山扇治郎さんの経歴出身大学について調査してみたいと思います!

また、気になるご両親(父&母)や、家族(伯母&祖父)についても調べてまとめてみたいと思います。

なるほど、あのお方とつながっているのね!と妙に納得です!

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藤山扇治郎の経歴

 

藤山 扇治郎(ふじやま せんじろう)

生年月日: 1987年1月21日

年齢: 31歳 (2018年11月現在)

出身: 京都府

身長: 163cm

特技: 草野球、日舞、小唄、長唄、三味線

所属劇団: 松竹新喜劇

所属事務所: 青年座映画放送

 

幼い頃より日本舞踊小唄に接していた藤山扇治郎さんは、1993年、小1(6歳)のときに祖父と親交のあった中村勘三郎さんの誘いで歌舞伎座での「怪談乳房榎」で初舞台を踏みました。

以降、名子役として、歌舞伎や、伯母の舞台に多数出演しています。

また、テレビドラマでは「鬼平犯科帳」などに出演。

2002年に高校に進学してからは、伯母の舞台「夢噺 桂春団治」を最後に、しばらく学業に専念

その後、大学へも進学し2009年に大学を卒業すると、本名である「酒井扇治郎」として劇団赤鬼公演『FOR LIFE!』に出演し、本格的に俳優デビューをします。

そして単身上京し、2010年には劇団青年座研究所に入所。

2012年に青年座映画放送株式会社の所属になると、昼ドラ「鈴子の恋 ミヤコ蝶々女の一代記」にて初の連ドラレギュラー出演を果たします。

翌年11月に松竹新喜劇に入団。「藤山扇治郎」に改名します。

その後は地方巡業を含め多くの新喜劇の舞台に出演。

2015年、平成27年度咲くやこの花賞(演劇・舞踊部門)を受賞

2016年には若手俳優の勉強会「若藤会」を設立し、「僕の東京日記」などの自主公演も行っているそうです。

2017年には、5月公開の映画「家族はつらいよ2」に出演。映画初出演を果たしています。

また、2018年にはNHK連続テレビ小説「まんぷく」で“野呂さん”として出演。朝ドラ初出演も果たしています。

プライベートでは、2018年11月、同年5月の松竹の舞台で共演した元宝塚の女優・北翔海莉さん(ほくしょうかいり、愛称みっちゃん)と結婚しています。

北翔海莉さんの画像はこちら

出身大学は?

中学卒業後は、「学業に専念したい」と、子役を辞めて、京都の東山高等学校に進学しています。

そして2005年に東山高校を卒業後、関西大学文学部国語国文科に入学。

大学時代も俳優業をせずに、普通に勉強して友達とも遊んだり、ごく一般的な大学生活を送っていたようです。

しかし、大学時代に伯母の舞台を観たことで、祖父が看板役者として活躍していた松竹新喜劇に入ることを目指すようになります。

そして卒業後に上京し、俳優デビューを果たしています。

そして大学時代に普通の大学生の生活をしていたことが今の藤山扇治郎という俳優を作っている、とインタビューで答えています。

というのも、大学時代の多くの友人が舞台を観に来てくれているのだそうですが、「平気でダメ出ししてくる」のだそうです。

しかし、それがとてもありがたいのだと藤山扇治郎さんは話していました。

なかなか大人になると本音で言えない部分も出てきますが、学生時代の遠慮のない感じで正直な感想を言ってくれることが、俳優として成長する上でとても大切、ということを藤山扇治郎さんご自身が強く感じているのだそうです。

また、大学時代にはコンビニや薬局でアルバイトをしたり、普通にデートもしたのだそう。

そういったごく普通の生活をしたことで、一般常識も身につけることができた、と話していました。

確かに俳優として成長していく上でも、一般的なごく“普通の”感覚も持ち合わせている、ということもとても大切だと思います。

大学生活は、俳優・藤山扇治郎さんにとって学業だけでなく、たくさんの大切なことを学ぶことができた有意義な4年間だったようですね。

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藤山扇治郎の家族が凄い!

藤山寛美さんの祖父は、“喜劇王”とも称された「藤山寛美(ふじやまかんび)」さんという方です。

藤山寛美さんは藤山扇治郎さんが3歳だった1990年にお亡くなりになっていますので、直接的な関わりを藤山扇治郎さんが記憶してはいないのだそうですが、藤山寛美さんは戦後昭和の上方喜劇界を代表する喜劇役者で、松竹新喜劇の結成に参加し、その後も数多くの名作を残した方なのだそうです。

藤山寛美さんには5人の子供がいたのですが、全員女の子(長姉と次姉は奥さんの連れ子で、三・四・五女が実子)。

その三女は、女優として活躍中の「藤山直美」さんなのです。

つまり、藤山扇治郎さんの伯母が藤山直美さん、ということになります。

ちなみに藤山直美さんは、昨年初期の乳がんを患い、治療に専念するために1年ほど活動を休止していましたが、2018年の10月の舞台にて主演で復帰しています。

藤山扇治郎の両親は?

藤山扇治郎さんのお父様は、小唄白扇流の家元である白扇夕樹夫さんというお方です。

小唄は、三味線に合わせて歌う短い俗曲や民謡のことで、現在では大小約70流派が活動しているのだそうですが、藤山扇治郎さんのお父様は、もともと父(藤山扇治郎さんの祖父)の後を継いで白扇流の家元を襲名。現在も活動されています。

藤山扇治郎さんのお父様・白扇夕樹夫さんの画像はこちら

一方、藤山扇治郎さんのお母様は、藤山寛美さんの五女である、酒井美千留さんという方です。

美千留さんは演劇の道には進むことはなかったのですが、姉である藤山直美さんの個人事務所の取締役を務めていたのだそうです。

しかし美千留さんは、2005年1月に42歳という若さでお亡くなりになっています。

死因については明確にはされていませんでしたが、どうやら「心不全」であったようです。

お母様がお亡くなりになった2005年1月は、藤山扇治郎さんはまだ高校3年生。しかも時期的には大学の一般入試の直前。

藤山扇治郎さんはお母さまを失った悲しみの中、大学進学を決めたということになるんですね。

突然お母さんを失った悲しみは計り知れないほど大きかったはずですが、そんな中自分の進路を見失わなかったのは立派だなと思います。

まとめ

祖父と同じ喜劇役者としての道を歩んでいる藤山扇治郎さん。

お母様の急死を乗り越えて入った大学では、今の喜劇役者としての藤山扇治郎さんを形づくるような大切な出会いがたくさんあったことが分かりました。

そして宝塚というまた異なる世界のトップを生きてきた方を伴侶に迎え、これからは妻や子供を持った親としての演技に深みが増してくることが期待されます。

演劇界のサラブレッドとして、今後の活躍も大いに期待できそうですね!

これからの藤山扇治郎さんの活動を応援していきたいと思います!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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