木村周一郎のwikiプロフ!家族や兄弟が凄い!学歴や年収も調査!

バゲット

こんにちは!Sakuraです。

今日は木村屋の御曹司でありながら
木村屋とは別にフランスパンのお店を独立
して経営している木村周一郎さんについて
気になることを調べてみたいと思います。

もちろん木村周一郎さん、すごいお坊ちゃま
なんです。キムラヤのあんぱんを継承してきた
木村周一郎さんのご家族についてもwiki風に
調べてご紹介します。

また木村周一郎さんの経歴や、出身高校・
大学
などの学歴について調査してみます。

兄弟年収についても調べますよ~。

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木村周一郎wiki風プロフィール

 

木村 周一郎(きむら しゅういちろう)

生年月日: 1969年4月1日

年齢: 49歳 (2018年9月現在)

出身: 東京都新宿区富久町

職業: ブーランジェリーエリックカイザージャポン代表取締役

趣味: サーフィン、スキー

 

木村屋總本店の一族の父と、京橋の弁護士一家の
の間に長男として生まれる。

1991年に大学を卒業後、千代田生命保険相互会社
(当時)に就職。法人営業を担当していた。

6年勤務したあと、父に「そろそろパン業界に
入らないか
」と言われたことと、転勤の話が
あがっていたことがきっかけとなり、
1997年、27歳のときに保険会社を退職

横浜のパン屋で職人の心構えなどを習った後、
パン業界で次世代にパンを理論的に学ばせるために
立ち上がったプロジェクトのメンバーの一員として、
アメリカ・ニューヨークにある国立製パン研究所(AIB)
留学。

パン作りの基礎理論から発酵と製パンを学んだ。

2年半ほどアメリカで修業をしている間に、
パンとお菓子の大きな大会が開催され、
そこでフランスの天才パン職人、エリック・カイザー氏に
出会う。

エリック・カイザー氏画像はこちら

そしてこの出会いを機に、ニューヨークの製パン店
勤務を経てフランス・パリヘ渡り、天然酵母の
フランスパン職人エリック・カイザー氏に弟子入りする。

木村屋を継ぐことも考えて日々パン修業を
していたが、ある日、エリック・カイザー氏に
日本でパン屋をやるなら一緒にやらないか」と
言われ、帰国後は自分の力でフランスパンの
会社を起業することを決意。

2000年に帰国すると、「ブーランジェリーエリック
カイザージャポン
」を設立。

2001年、東京・高輪に国内1号店の
高輪本店「メゾンカイザー」をオープンさせた。

しかし木村屋とは別会社で、起業の際にも資金援助も
全く受けずに独立して設立したため、木村屋の
バックがない立場では融資も受けられず、
結局は伯母から借金をして会社をおこした。
(のちにその借金には利子をつけて返している)

2018年現在では、東京・高輪の本店をはじめ、
全国に28店舗を展開。

国内だけでなく、シンガポールや
台湾など海外にもお店を出している。

単にパンを作って売るのではなく、“パンのある
幸せな食卓を パンのある幸せな生活を
お客様とともに
“をコンセプトに、
パン業界全体の発展に力を注いでいる。

家族がスゴくて御曹司!

誰しも一度はコンビニやスーパーで“キムラヤのパン”を
手にしたことはあると思いますが、今では様々な種類の
パンを取り扱っている「木村屋總本店」の商品で
あることはあまりに有名ですよね。

木村屋總本店は、明治2年創業の老舗パン店。

元々は、創業者である木村安兵衛が世界初の
あんぱん」を開発し、これが大当たり。

明治天皇にも献上したことのある、由緒ある
老舗パン屋なんです。

お父さんである木村周正さんは木村屋6代目の
社長をしていました。

木村周一郎さんの生まれ育ったご自宅は、神楽坂の
近くなのだそうですが、ご自宅の庭は小学生が
野球をできるほど、広い
のだそうです。

そして平日はなかなか仕事で忙しくて一緒に
食事をすることができないお父さんとの
週末には、幼少期から銀座や日本橋の一流店に
通っての美食三昧
だったのだそう。

今の木村周一郎さんのパン屋の成功の裏には、
やはりこういった経験や、持って生まれた育ちの
良さ、というところも関係しているのかも
しれませんね。

兄弟は?

木村周一郎さんは、長男なんですが、木村寛さんと
いう弟さんがいるのだそうです。

調べてみると、木村寛さん、株式会社パットという
会社の代表取締役社長をしていました。

こちらの会社、札幌円山に1号店がある
パンオトラディショネル」という
パン屋さんを経営しているんです。

つまり、弟さんも木村屋に入らずに、
自力でパン屋さんを経営していたんですね。

こちらのお店、メゾンカイザーとも関連している
お店なのだそうですので、兄弟の仲の良さが
伺えます(何でも昔、木村周一郎さんの
お店で木村寛さんが働いていたこともあるのだとか)。

こちらのパン屋もとても美味しい
すごく高く評価されていますし、兄弟で
美味しくて新しいパンの追及に励んで
いる
のだと思われます。

現在の木村屋ですが、先代の木村周一郎さんの
お父さんが数年前に亡くなられた後、どなたが
引き継いだのか調べたところ、木村周一郎さんの
従兄弟にあたる、木村光伯さんという方が
社長を務めているようです。

この木村光伯さん、木村周一郎さんが日本でパン屋さんを
設立した翌年に、出身校である学習院大学を卒業しています。

卒業後は木村屋總本店に入社し、木村周一郎さんと同じ
ようにアメリカにパン留学をしています。

そして2006年に28歳という若さで木村屋の
7代目社長に。

もし木村周一郎さんが木村屋を継いでいたら、
木村光伯さんの人生も今とは全く違っていた
ことは間違いないですね。

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出身高校・大学だけでなく学歴はずっと〇〇!

木村周一郎さんは、1991年に慶應義塾大学法学部
卒業していることが分かっています。

その前の学歴を調べてみると、やっぱりというか、
期待通りの「ずーっと慶應」でした。
慶應幼稚舎から、大学まで通った、
生粋の慶應ボーイ、ということですね。

大学のときには、競技スキーに夢中になっていたそうで、
夏の合宿は、ヨーロッパのアルプス氷河に行くなど、
年の1/3はスキーをしていたそうです。

スキーって結構お金がかかるスポーツですが、
ブーツや板も競技種目ごとに毎年買い替えて
もらっていた
そうです。

また、高校生の夏休みにはお父さんの命令で
毎年知り合いの北海道の牧場で働くことに
なっていたのだそうです。

しかも、夏休みに入って朝起きると枕元に
北海道行きの片道チケットがおいてあるのだそうで、
帰りの旅費は自分で稼いでこい!ということだった
そうです。

なかなか面白いですね。笑

仕方がないので(?)、御曹司・木村周一郎さんは、
早朝から牛糞と格闘し、放牧した牛の追い込み
牧草の積み上げなど、重労働もこなさなくては
ならなかったそうです。

そういった生活をあえて強制的にさせるのも、
お父さんの教育方針だったようです。

今となっては貴重な経験だったと思いますが、
遊びたい盛りの高校生の夏休みなんですから、
北海道行きに反発しなかった木村周一郎さんも
偉いなと思ってしまいました。

いずれにしても、普通のごく一般的な高校生
の夏休みとは、ずいぶん違うな~というところ
ですよね。

年収は?

これだけの成功をおさめ、パン屋もとても流行っている
ので、さぞ儲かっているのかな~と調べてみると、
2017年に年商は40億円ほどだったのだそう。

この数字はパン屋としては大成功というところ
なのですが、2018年で従業員数が600名に
なっていますので、案外残らないなぁという
印象です。

ざっくりと計算してみると、600名に年400万円を
給料として渡したとしたら、24億円になります。

人件費だけで年商の半分以上は使いますし、
こちらに全国30店舗あるお店の家賃や、
パンを作る材料費、広告費など諸経費をひくと、
少なくとも木村周一郎さんの年収は
億にはならないと予想されます。

子供の頃から、従業員目線の金銭感覚を忘れない
ようにお父さんから教育を受けていることも
あるので、あくまで予想にはなりますが、
会社で働いている社員の倍くらいの額、
800万円くらいではないかなと思います。

年商から社長の年収を出すのは難しいので
予想するしかないのですが、御曹司は
お金に対する執着もないと思いますので
(それよりも経営理念や社会的な自分の役割
に重きを置いて仕事をしている)、
もっと社員に近いお給料に設定している
可能性もあるかなーと思います。

今後、新しい情報が入りましたら
追記していきたいと思います。

木村周一郎の結婚相手(妻)や離婚して再婚説を調査!パン教室が人気!

2018.09.26

まとめ

今日は木村周一郎さんについて
どんな方なのか、経歴や学歴、
また家族について調査してみました。

キムラヤのあんぱんを作った一族の
御曹司でありながらも、自分でしっかりと
修業をしてパン屋として成功させて
きたところが、とてもカッコイイですよね!

これからは木村屋の方にも絡んでくる
ことはあるのでしょうか。

そちらとの今後の関係についても
目が離せないですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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